今日、希望のタネを蒔きました

療育現場の所長日記です。

詠み人知らず〜弥生編2021〜

#メール
ぴこぴこと 止まぬ通知にふと気づく
やってきたのね 怒涛の3月

#春服
まだ寒い けれども冬物着られない
毎日迷う 朝の身支度

#つぼみ
知らぬ間に ふくらむ枝先色づいて
弥生の風が やさしく包む

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#旅立ち
不安げに 見上げたその目が映すのは
桜の花びら 流れる景色

#声援
振り向かず 乗り込む車両に差し出した
缶コーヒーに 秘めたる思い

 

イヤな時代

前回、車を替えたことを書きました。
運転大の苦手な私が安全に車ライフが送れるように、バックモニターを始め、さまざまな機能をつけているので、今のところは何とか問題なく、乗れています。
ashikatan.hatenablog.com

基本的に私にとっての車は「早く進む足」であり、安全に運転できれば、こだわりはありません。ところが周囲の方からは、ドライブレコーダーの設置を強く勧められました。理由としては、事故や盗難などの不測の事態に備えて、証拠が残せるからというものでしたので、まあそんなものかなと、前後に設置したのです。

しばらく経ち、これはどんな風に撮影されているのかな?と思い、何気なくドライブレコーダーを再生してみました。
すると、かなりくっきりいろいろなことが映っています。
例えば、車内での会話、前を走行していた車、後方の車が違反で、パトカーに追いかけられている様子などなど。

娘の「あれ買って!これ食べたい!」といった他愛もない発語はともかく、内容によっては、他人に聞かせられない⁉︎会話もないとは言えません。不幸にも事故に遭い、このドラレコデータの提出を求められたら…と思うと冷や汗ものです。

そして私のドラレコに映っているということは、他者のドラレコにも私の車は映っているということ。別に隠すことではないのですが、いつどのあたりを走行していたか、他人のドラレコに映っていることには、何となくモヤ~っとした気分になりました。

近年は何事も「エビデンス(根拠)」が求められる時代です。
何より交通トラブルか多い昨今、ドラレコにより、悪質な運転者を追求していくことができるので、今後もこの機器は普及していくのでしょう。

でも、それ以外の負の面も否定できず、何となく生きにくい、監視社会の幕開けのような気もして「イヤな時代」になったなあと思う今日この頃です。

追伸
気を取り直し…最近のお気に入りの食べ方です。
スーパーにある某菓子パンに切れ目を入れて、色づくまで焼いて、バターとメープルシロップをのせるだけですが、カロリーさえ無視すれば、かなりおいしい(笑)。

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縁(えにし)

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半(よは)の月かな

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これは百人一首にある平安時代の女流作家紫式部が詠んだ歌です。
久々に会った友人が、その人かどうかわからないくらいわずかの間に帰ってしまった、まるで雲に隠れる月のように・・・という歌ですが、つい最近、同じようなことを経験しました。

雪がふぶく寒いの夜、20年以上ぶりにある方から連絡がありました。
かなり長く会っていなかったにもかかわらず、脳裏にくっきり浮かんだのは、若かりし頃の自分や、旅先の北海道から送ってくれた夕張メロンのハイチュウの味、添えられていた手紙に苦笑しながらも、いろいろ考えさせられたこと・・・。
でもあまりに突然で短い時間だったので、電話の後は、本当にあの人だったのかしら?考えてしまい、つい先述の紫式部の歌が思い出しました。

どれだけの距離や時間があっても、「縁(えにし)」のある方とはつながっているのかもしれません。

追伸
その後、いかがお過ごしですか?
あのお話の続き、ぜひ聞かせてください。
いつでも、お待ちしています。

ここがヘンだよ、○○○…

ある先生はよく「学校(幼稚園)の常識は、社会の非常識」ということを言われます。
中で生活していると、馴化していくからか、それほど違和感を感じなくなるのですが、そんな私でも時々、不思議だなあと思うことがあります。

例えば、これ・・・。

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特に感覚過敏のある子どもたちは、手につくベタベタ感が苦手です。そこまでではなくても、「せんせい、手についた!洗ってきてもいい?」など、扱いが苦手な子どもはたくさんいます。
さらに粘着力が弱い、量が少ないとくっつかず、つけすぎると作品自体が湿ってしまう、塗った部分とそうでない部分の見分けもつきにくいなど、不便な点が多いように思います。
それでも何とか仕上げた作品で、遊んでいる最中に、貼り付けた部分が取れてしまうことはめずらしくありません。やむをえなく、先生たちがテープなどで補強しますが、何かよい方法ははいかなあと、いつも考えてしまいます。

小学校は、プリントを貼る時はスティックのり、製作は上記写真(瓶のり)と分けているところもあるそうですが、大人が事務作業であの「のり」を使っている場面は目にしません。

それなのになぜ、幼稚園(保育園)は、あの「のり」なのか?
インターネット上の声をはじめ、何人かの先生や幼児教育を研究されている大学の先生にも聞いてみました。
量を加減する力を身につける
→心の声(そもそも今の子どもの発達レベルにあっているのか?)
のりを)のばすことで、指先の機能を培う
→心の声(それはあののりでしかできないのか?)
昔から幼稚園(保育園)はこれを使うんです!
→心の声・・・(ソレ、センモンセイノホウキ)

うーん、やっぱりヘン、いや不思議な世界です。

追伸
上記はあくまで私見であり、業界を誹謗中傷、揶揄するものではないことを加筆しておきます。

 

自立ってなあに?

ときたま、キッシュ熱がやってきます。
ashikatan.hatenablog.com

今回のキッシュ熱は、月末にやってきたので、節約コースで98円の餃子の皮を使ってみました。
中身はいつもと同じなのですが、生地の部分は勝手が違います。
おまけに洗い物を減らすため、アルミカップ(お弁当仕切り用のペラペラした100均のもの)を使用したので、皮をしき詰めて具を入れると広がり、中身があふれそうです。
どうしようかと考えた結果、広がらないように、隙間なく並べてみるという結論に至りました。

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これが意外と大正解!
キッシュたちは中身もこぼれることなく、整列しています。

さすがに端の方は不安定なので、アルミ箔を丸めて支えを作りました(笑)。

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待つこと20分。
個々では、自分自身を支えることができずに、ぺたんとなってしまうのに、みんなで支え合って立ち、きれいに焼きあがったキッシュたちに、パチパチパチ!

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2月になると、先生方や保護者の皆さまから、「小学校進学をひかえた子どもに、自分のことは自分でできるようになってほしい。」という声を聞かせていただくことが多くなります。
確かに新しい環境の中、自分で判断して動かなければならないことが増えるので、当然の願いなのですが、「自分ひとりで」となると、難しい場面があるかもしれません。
最も大人になっても、困ったことは次々出てきます。それらすべてを自分で成し遂げていくのは無理な話で、多くの場合は周囲の方に支えられ、助けられて生活しているのではないでしょうか。私自身、苦手なことだらけなので、毎日、多くの方の支えによって何とか生きています。

自立」という言葉には「一人でできること」に加え、他の人に支えてもらえる力、困ったときにヘルプを出せる力も含まれていることを、キッシュたちに教えられた気がします。

 

 

 

おクスリの話

ここ最近、体調が悪い日が続いていました。
特に頭が痛くて、一日に何度薬をのんでも治まらないという状況で、カイロプラクティックはじめ思いつく限りのことをしたのですが、すっきりしません。

ある日、とある医療機関を受診しました。
そこで提案されたのが注射による治療です。
医師からは次のような説明がありました。
「これは治療というより、今の状況を改善するための手段です。痛みは治まると思うので、日常生活は今より快適に過ごせるでしょう。でも薬の効く時間は限られているし、これで完治するわけではないので、その点はご理解くださいね。注射が効いている間に、やらなければならないことをしたり、根本的な肩こり解消に向けて、運動やカイロを取り入れたりできることは、注射のメリットです。」
「しかし副作用もゼロではないので、今の辛さと副作用を比較して、決めてください。」

その時は、日常生活もままならない状況でしたので、少しでもよくなるならばと覚悟を決めて、首に2か所打ってもらいました。

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今、思うと私が受けた説明は、ある症状に対する薬物療法の際、なされる説明と似ています。どんな症状であれ、「おクスリ」を使うという選択には、悩みがつきものだと思う今日この頃です。

ミックスジュース

私の母は、食べ物をムダにすることを良しとしません。先日も冷蔵庫や戸棚を開けると、斑点だらけのバナナにしなびたみかん、乾燥したりんごが並んでいます。

捨てるなと言われるのですが、さすがにこれは…と思った瞬間、「それねー、ジュースにして~」という声がかかりました。

面倒だなあと思いながら、バナナとみかんの皮をむき、りんごの乾燥した部分を切り取ると、意外や中身はきれいです。やはり何事も見かけで判断することは危険ですね。
牛乳を足してミキサーにかけると、純喫茶風昭和レトロなミックスジュースが出来上がりました。熟した果物で作ったジュースは甘くて、おいしい!

何事においても、捨てる前に今一度、素材の生かし方を考えていくことは、大切なことかもしれません。

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